第一章 闘病編 ~急性の精神病~ 4
交差点をわたっていると、信号の向こうから一台の乗用車がきた。
その車はハザードをたいている。
ハザードは、『私はあなたの味方だ、あなたの安全を見守っているよ』
といってくれているように思えた。
それとも何かの合図か・・・
本部からの出迎えか?やはり私は秘密のカギを握る特・別・な・存・在なんだ!
雄志は手を振りながらその車に近付いていった。
「危ないよ、こっちだよ」
雄志は中林さんに止められた。薬の副作用なのか、ふわふわした気分のまま近くのグラウンドに入った。ソフトボールは、自信があった。胸一杯に空気を吸い込むと雄志は走り始めた。
「今まで部屋に閉じ込められていたからな。思う存分走るんだ」
雨で少しぬかるんだ地面をかまわず走って行く。
「広い!大きいな!おーい!」
「おぃ、雄志君、こっちがホームベースだぞ。」
「いいんですよ、僕は走りたいんです!」
しばらく走り回っていた。ソフトボールにも思い切り参加し我を忘れて遊んだ。久しぶりに動きまわったせいか、足と腕が少し筋肉痛を起こし始めた。
「さあ、みんな帰ろうか」
中林さんの合図で皆、病棟へ引き上げ始めた。途中のコンビニで雄志が菓子パンを食べたいと言うと、
「今回だけだよ、誰にも言っちゃダメだよ。」
と許してもらえた。病院では食事以外に菓子パンを食べることは厳禁なのだ。
あるとき、雄志が
「僕は悪の組織に本当に狙われているんです!殺されるかもしれません!」
と泣きそうになりながら訴えたとき、
「大丈夫だ!俺がいるじゃないか!安心しろ!」
そう言って温かく励ましてくれた。またあるとき、中林さんは
「今は准看護師だけれども正看護師を目指して勉強する」
と言っていた。雄志は頼もしい中林さんを兄貴と呼んだ。
兄貴は親身に話しを聞いてくれた。
朝が冷え込んでくる季節となった。
「雄志君、風船バレーをしない?」
看護師の明美さんから声をかけられた。明美さんは若く見えるが、20歳すぎの息子がいるらしい。驚いた。
周りの人は高齢の方も多くいたので、雄志は車椅子に座ってのプレーだった。体育館の中で雄志はチームの代表となり、思う存分プレーした。みんなが盛り上げてくれた。楽しい思い出をつくった後、今度は映画鑑賞をしようと看護師さんに言われた。
精神疾患をもちながら普通に地域で生活している学者の姿が映っていた。初めて見る映画であるが、主人公の妄想する心理状態に共感できるものがあった。
だんだん毎日が楽しくなってきた。ふわふわした気持ちで過ごしていたその数日後、突然、両親の姿が見えてきたのであった。
突然現れた両親に、始めは秘密組織の誰かが両親に化けて出てきたのかと強く警戒していた。
「雄志、なんでしかめっ面なの?お母さんよ、わからないの?」
母は少し悲しそうな表情をした。
「雄志、元気か?」
父がけげんな顔をして聞いてきた。
「うん、楽しくしてるよ」
「雄志、やせた?」
母は心配そうに声をかけた。
「病院食だからね」
雄志はもっといろいろ話がしたかったが、薬の副作用か、ろれつがまわらなかった。
「こんにちは大和雄志さん」
とそこに白衣をまとった涌井さんが部屋に入ってきた。
「初めまして、ケースワーカーの涌井です。」
そういうと、涌井さんはノートを広げはじめた。
「雄志さんは入院されてから大分落ち着いてきました。そろそろ退院されてもよい状態ではないかと思います。」