SBI証券(ネクシィーズ・トレード)

こころの就労・生活相談室~元当事者PSWのブログ~

精神保健福祉士(PSW)を取得、統合失調症を抱えながら転職を繰り返し当事者として障害者雇用で働いた経験のある著者のつれづれ日記です。

小説『心の病に挑みます。』 急性の精神病 2

やがて駆けつけてきた警察に取り押さえられた。

雄志はなぜか裸になっていたのだった。

 

 ふと気がつくと、そこは薄暗い留置場で、雄志は全身の力が抜けて布団で眠りこんでしまった。

しばらくして目が覚めたとき、大学の仲間が心配そうに様子をみに来てくれた。

「何も服をきてないけど、右手のお守りだけは離さず持っていたんだね。」

 それを聞くと雄志は安心して、再び寝込んでしまった。ここ2~3日、全く寝ていなかったようだ。

寝なくても頭がフルに回転し、自分は寝なくても能力をいくらでも発揮できると、“万能感”で満たされていたようだった。しかし、ここでようやく休息することができた。

 やがて夜になり、再び目を覚ますと、そこは真っ暗な闇の中であった。そして車の後部座席に横になっている自分を発見するのだった。雄志は、暗黒の世界の入り口に案内されていくような感じがした。

 周りの車をみるとライトがついており、一定の速度で雄志の乗っている車と同じ方向を向いて、同じ速度で走っている。なぜか、秘密を知り得た自分が大切に護送されているような気分になっていた。

「本・部・に大事なことを伝えなければ・・」

雄志はそのことばかり必死に思い、気になっていた。

頭の中は不自然に猛烈な速度で回転していた。

どうやら車で東京へ向かっているようである。

“本部に向かっているということは、ほんとうに私は狙われていたのだ・・・。この車の移動も秘密組織に狙われているのかもしれない。秘密を知った私が敵に隠れながら移動している。私のことは、すべて本部が知っている。東京の本部につくまではおとなしくすべきだな。”

と、後部座席で毛布をかぶり横になりながら何事か思案していた。

 雄志は自分が宇宙のすべてを司っている存在であり、その大・事・な・私自身を守るために周りも厳重な体制がしかれていると信じ込むに至った。
 

 これは統合失調症の大きな特徴であることを雄志は数年後に知ることになる。私の本・当・の・正・体・を、運転してくれている先輩も知るはずがない。

 その偉・大・な・存・在の正体がバレてはいけないと隠すために、雄志はあえてこう叫んだ。

「俺は第六天の魔王だ。魔王が地獄の底から復活したのだ!」

本部についたと思いきや、なかにはいると警察署であった。

「俺は地獄の世界を見てきた。砂漠の中に骨だらけ、骨をかじってみな生きているんだ。俺はその中を脱出してきた。あそこはえげつない世界なんだ!」

雄志は署の中で警察官に意味深くしゃべっていたが、その直後、府中病院へ搬送された。

 その府中病院で突然、雄志は先輩の肩を組み、

「よーし、やるぞー!」

と腹の底から声をだした。先輩は心配そうに雄志を見ていた。

「何の心配がいるものか、俺はこの通り元気だ」

そう思いながら、過剰に元気を出すと、医師が現れた。

 雄志は診察した医師に
「あんたは私を恐れている顔をしているな。私は魔王だからな」
と言い放つと、いきなり身体をしばられ注射を打たれた。

「何をするんだ!離せ!やめろー!!」

注射が打たれた。やられた・・・雄志はぐったりした。

「離せー!俺を解放しろー!」
気付けば個室で暴れていた。

「ここから出してくれ!あけてくれ!」
ドンドンドンドンと雄志はドアを何度も叩いた。

「何か盗聴器が仕掛けられているかもしれない」
とトイレを入念にチェックすると2リットルのペットボトルが2本でてきた。

「俺に隠して工作しても無駄なんだよ」
とペットボトルを便器のよこに取り出して置いた。それ以上の工作はないとわかると雄志はあきらめて布団にもぐり込んだ。

 何時間すぎただろうか・・・。男性の看護師が入って来るのがわかった。

「なんでペットボトルがなかにあるのがわかったんだ?」
元に戻しながら不思議そうに話しているのが聞こえてきた。優しそうな声だった。

「夕食おいとくよ」
とその人はひと声かけ、部屋を出て行った。雄志は何も言わずガツガツ食べた。
院内給食はあっさりとしていてカロリーが低い。物足りなかった。

 

「まあ、やせられるからいいだろう」と院内食の薄味の魚を食べていた。

 何か新しい匂いがする。きれいなベッド、きれいなトイレ、白い壁、雄志はどこかいつもの世界から切り離されたような特別な空間にいることを認識した。

なぜ自分はここにいるのか、私の正・体・が世間に認知され、あわてた誰かが隔離したのだろうか、などと妄想していた。

「あ、もうこんな時間だ。宇宙と交信しないといけない」
と突如、雄志はなぜかお経を唱え始めた。どうやらお経を読む習慣は病院でもぬけなかったようだ。

終わると喉が渇いてきたようだ。

「なんだこのすごい口の渇きは!みず、水、いや、ポカリスエットがいい。いますぐ私に必要なんだ!ポカリをくれ!」

 スタッフに何度も訴えた。この日は十数錠の大量の薬を寝る前に飲み、電気を消してふかふかの布団で寝たのであった。雄志には特別なスタッフに守られている安心感があり、言われるがまま薬を飲んだ。

 本・部・にこそつけなかったが、ここは私を守ってくれる特別な施設なのだ。そう、特・別・な・部屋なのだ。

「あれ・・・僕は何をやっているんだろう。今どこなんだろう」
しばらくして目を覚ますと窓の外は陽が昇ってだいぶたっているようだった。
秋も深まり部屋はかなり寒い。窓ガラスには水滴がついていた。

「僕はここにいていいんですか?」

「そうだよ、ここでいいんだよ」
看護師からいわれ、おとなしくしていたものの病院の個室は退屈で仕方なかった。

「やはりここを脱出しなければ、早く本部へいかなければ・・」
焦る気持ちのまま雄志はドアへ向かった。大きくて複雑な構造だった。どんなに力を入れても開かなかった。

窓へ向かった。窓も鉄柵があり、出られるわけはなかった。
出られなくて当然であった。

 

なぜならここは精神科の閉鎖病棟の個室であったからだ。