第一章 闘病編 ~急性の精神病~
<第一章 ~闘病編~>
=急性の精神病=
「これが組織の秘密基地か!やばい、逃げないとほんとに危険だ!」
それは西暦2000年の秋の夕暮れであった。
24歳となる雄志の通う関東中央大学には紅葉した木々が、構内に彩りをそえていた。
関東中央大学で迎える大学祭も今年で5回目。
「本当は、ちゃんと卒業して今頃、仕事についていないといけないのにな・・・。」
沈みゆく夕陽を眺めながら、そうつぶやくと、雄志は残っていたタコ焼きを一つ口に運んだ。
「今年で最後だな。せっかくだからよそのサークルの展示も見に行ってみよう。」
雄志は少しだけ冒険する思いで、他のサークルの展示と講演をのぞきにいこうと、ある部屋へと向かった。
雄志はそのサークルの講演を聞いたあと、主催者に「飲み会があるから」と案内されるままに、大学のそばにあるビルの屋上の一室に招待され、そのままなぜか閉じ込められてしまっていた。
「何?こいつは日蓮を信じているのか?ちっ、よく監視しておけ!」
ビールを少し口にしたあと、この団体の中心人物らしき小澤(仮名)という学生が憎らしげに舌打ちしているのが聞こえた。
この日は“俺”という新しいメンバーがきたことを歓迎してくれる飲み会であったらしい。
部屋を見わたすと、天井には大東亜戦争を彷彿とさせるポスターが貼っていたり、また、入り口の扉には暗示をかけるようなギョロギョロした眼のポスターが雄志を洗脳するように見つめていたりして背筋がゾクゾクとしたのだった。
「なんだろう、このサークルはなんなんだ?」
雄志は身構えた。
そして、講演のときに手にしたパンフレットをよく見ると、
「南無阿弥陀仏!」
とその冊子に書いてあるのに気づいた。
一瞬、雄志は固まった。雄志は念仏思想とは対極の教えである日蓮仏法を信じていたのだ。
さて、今閉じ込められている薄暗いこの屋上の部屋から、どうすれば、脱出できるのか。また、どのようにして自分への敵対心を軽減させ、わかりあえるのかを雄志は考えていた。
しかし、「今日来た、日蓮を信ずるあいつをどうするか」と中心者の小澤と、この建物の一階を事務所にしている幹部らしき大人が、雄志について話しあっているのを聞くにつれ、雄志はこの先どこかへ連れ去られるのではないかと思うに至った。
ともあれ、その晩は勧められるままビールを飲んで全員が寝静まるのを待った。
そして、雄志は幹部の目が覚めないように、毛布をかぶり横になりながら、自分の体を出口の方に小刻みに動かしていた。
“もし今この時を逃せば、いつ、解放してくれるかもわからない。しかもここは屋上で鉄のトビラで閉められているじゃないか!閉じ込めて俺をどうするというのだ。何としてでも今、ここを脱出しなければならない。もしも逃げるのがバレては殺されてしまう!”
雄志はそう直感で思い込んだ。
雄志と幹部の大人は別々の毛布にくるまって寝ていた。茶色の毛布にくるまって寝たふりをしているが、雄志の意識は冴えている。
幹部が起きないように、毛布をかぶったままそろーっと出口の方へ体を這い動かしていった。
「よし、行ける!」
と雄志は身を起こしドアのノブに手をかけようとした。
その時、
「どうした!」
と幹部が目を覚ました。
心臓が飛び出るほどの恐怖心が雄志を襲ったが、落ち着けと自分に言い聞かせ、ふたたびゆっくりと寝たふりをした。
幹部は、酔っているようだ。また布団をかぶりぐっすりと寝たのだった。
雄志はソーっと出口の扉をあけるのだった。
「よし!出れた!」
そのとき、ブオーン!ブオーン!とブザーが、けたたましく建物の内外に鳴り響いた!
「やばい!」
身の毛もよだつ恐怖が雄志の全身をかけめぐり始めた。雄志は、無我夢中でビルの階段をかけ降り、さらに自宅に逃げるべく、全速力で大学構内を駆け出した。もう何がなんだかわからなかった。
「おい、あいつが逃げたぞ!」
後ろで小澤の声が聞こえた。黒い凶暴な犬が5~6匹、吼えながら雄志を執拗に追いかけてくるではないか!
背中に包丁をつきつけられたような恐怖が背筋に幾筋も走っていく心境がしばらく続いた。
大学構内の木々が風で揺れている。いつも見慣れている風景のはずだが、雄志には何か木がうったえかけているように映った。
いや、木はざわめきたち、これから起こることをとても警戒しているかのようだ。
雄志は追いかけてくる犬の足をとめるため、林の中へ逃げ込み、ポケットのなかにある何かを反射的にぎゅっとつかみ投げつけた。
すぐ後ろから追いかけてくる犬の遠吠えが、ものに気をとられ若干遠のいていくようであった。遠吠えはだんだん小さくなっていった。かろうじて難を逃れたようだ。雄志の息は荒く呼吸はぜいぜいとなっていて、心臓ははちきれそうだった。
「まだ追いかけて来るかもしれない。」
そう思うと雄志は再び全速力で駆け出した。いまどこを走っているのだろう、もう何もわからない。頭が猛烈にフル回転したあと、なぜか“自殺した友人をその苦しみから助けたい!”と思いたち、近くの公園で
「死ぬなー!死ぬなー!死ぬなー」
と、絶叫していた。